初めては痛いだなんて、嘘だった。
こんなコトを最初に言い出した子は、よっぽどイカレた男にひどいやり方をされたか、神経が棒切れみたいに細い子だったのだろう。だって、柳は、とっても上手にあたしの体に、入ってきた。車のバックシートはふたりの体が、すっぽりおさまるぐらい適度に狭くて、わずかに開いた窓から、つめたい夜の乾燥した空気が、柳の吐く息にまじる。足にかけられたペリエの飛沫はとっくに乾いていて、車内を柑橘ぽい人口的な香料の匂いで満たす。あっけなく脱がされたまま、見あげれば、きれいで、よゆうのない顔で、裸の胸にキスを落とされた。ぶる....と肌が震え、この人は歯をたてない人なのだろう、と思った。柳以外しらないくせに、なぜかあたしはそう思った。こんなちっちゃな優しさと、躊躇いがあたしの幼さを奪う。いっそ、噛んで骨ごと溶かして、ヴァリヴァリと音をたてて食べてくれたらいいのに、白い歯が頤に達し、くちびるに牙がかかる最後の瞬間 「あたしはあなたのお遊戯でいい」って言ってあげるから。


柳を挑発したのは、あたしだった。
同窓会の席で、おくれてやってきた彼の顔をみた瞬間、ばらばらに散らばっていた15才の頃の記憶が、ひどい痛みをともなって繋がり、あんなに楽しかった日々の中で、ほんとうは彼以外、誰のことも好きなんかじゃなかったんだなあ、と思い知らされた。ふるえる手から、すり抜けたグラスが床に落ち、溢れた飛沫が足をぬらす、わざと柳をみれば、あたしを見下ろす彼の目は、ぶちまけられたグラスの破片よりも鋭利で、あたしはどうしてもその鋭さに触れてみたくなった。「柳、くん」 15才の頃にはできなかった声色で、ずるく、彼の名前を呼んでみた。


.......足」

「ん........」


ずり落ちないように、もっと足をまげて柳の腰にひっついた。
大腿部に、ベルトの感触がつたわる。
とっくに、留め金ははずされている。


は体が柔らかいんだな」

「ふふ」

ちゅっ、と一回頬にキスされた。

「柳くんて、意外にやさしいんだね」

「俺は.......もっとひどいこともできるぞ?」


男の子ぽくて、あたしはその台詞を気に入った。


「してよ」

「もっとひどいこと」

「いっぱいして」


柳にヤラるんなら、なんでもいいよ、と囁いて、薄いくちびるに噛みついた。たやすく押し返され、手首をつかむ柳の力が強まる。あたしはぎゅっと瞼をつぶる。 ほんとうは、ひどいことなら、とっくにされている。両手を拘束され、背の高い柳の体の下では逃げ場もない。柳に知らない事なんてなくて、あたしが初めてだってことも、とっくにわかっていたんだろう、そうして、あたしを車のバックシートで抱いているんだ。 はじめて、あたしは体に中心に甘い痛みを感じる。柳がうごく度に、それがひろがって、ひろがって、どんどん溶けて、頭が惚けてゆく。あたしのちっぽけな無垢さは、柳の体によって、すみずみまで剥ぎとられ、楽しみつくされる。薄目でみあげた暗闇に、柳の鍛え上げられた裸身がうかんだ、この二の腕のラインの為なら、身に纏う皮膚の最後の一片までも、あたしは売っぱらえるんだろう。終焉が近い。柳の眉根が苦しげによせられた、ゆっくりと、衝動と熱さが奥ではじけた。 ぼぉっとしたまんま、あたしはあたしが純粋だったという証拠を、脚とシートの間にさがそうとしたけれど、赤い血の痕は柳の白い飛沫にぬぐわれ、どこにもみつからない。 泣きじゃくりたくなり、必死に柳の首にすがりついた、無防備な子供をなだめるみたいに、よしよしと柳はあたしを腕に抱き込む、やさしく指で髪の毛を梳かれ、さらに涙をさそう。泣きながら柳の胸に顔を埋めて、ほんとうはあたしは彼を好きすぎて、逆にすべてが憎いのかもしれないと思った。みたかった唯一、自分がきれいだったという証拠も、彼に食われた。梳かれた髪が指に数本からまり、ぷつり、とちぎられる。 おねがい、もういっそ、柳がこの夜すらも殺して、お遊戯をおしまいにして。







110330